re:何故移調楽器をつかう??  #22261
投稿者: やちまう (2004/02/22 03:37)

ミンチ さん wrote in article #22252: (適宜改行を加えてます。)
> 最近吹奏楽の作曲を手がけているんですが、その時ふと思ったことがあります。
> 「どうして移調楽器が使われているのかなぁ?」って思いました。

▼バルブ発明前は移調楽器は当たり前だった

kuroさんが記事(#22253)で仰っている通り、オーケストラでは様々な管の調性で
記譜されています。(in D, in A, in E, in Es, in F, in As, in G, in H, ... etc.)

バルブシステムが導入される前のナチュラルトランペットは、現在のトランペットよりも
管長が長く、高次倍音で演奏されていたのです。現在の楽器でもオープンの運指で低音から
音を辿ってゆくと、B(+3)を超えたあたりから運指なしで音階(もどき)で音が並びます。
ナチュラルトランペットでは、この倍音列によって演奏していたのです。

高次倍音列を得る為に、同じ調性を持つ現在の楽器と比べると倍の管長が必要でした。

半音階が演奏不可能でしたので、一つの楽器で他の調性の曲が吹くことができない為、
曲の調性によって違う長さの楽器に持ち替えたり、クルーク(継ぎ足し管)を足して
管長を変えたりして様々な調性に対応していました。

つまり、A-Durの曲を演奏する為にはA管、D-Durの曲の為にはD管を利用していたのです。

3バルブシステムを採用したのはkuroさんの記事(#22253)の通りトランペットよりも
コルネットが先だったと言われています。しかし、19世紀初め頃のバルブシステムには
様々なものがあったらしく、バルブが最初に装着されたのはポストホルンではないかと
いう説もあります。


> フルートなどC管もありますが、トランペットやトロンボーン等々B♭管が多く
> 使われているのは何故でしょうか?

▼B管(B♭管)・Es管(E♭管)の起源?(推測)

19世紀初頭にドイツのブリューメルによって完成されたバルブシステムは、サキソフォンを
考案したことで有名なA.サックスや、G.A.ベッソン、D.J.ブレークリー、そして、教則本で
有名なJ.B.アーバンといった人々によって、研究・改良が施されました。

その中でも、A.サックスによってサキソフォンと同様に高音楽器から低音楽器までの音色の
統一を図って設計された円錐金管楽器のサクソルン族という楽器が世に出されて、これらが
サキソフォン同様にB管とEs管によって構成されたということは(サクソルンは軍楽隊の為に
企てられていますので)後の吹奏楽に影響を与えたことは容易に想像出来ると思います。

さて…、ではなぜ、B管とEs管なのでしょうか?

# 以下、私の仮説(←というより憶測)ですので、信用しないで下さい。
# 信用のある文献や資料等で検証していませんので…。

演奏ピッチの基準とするA音の周波数は現在440Hz〜448Hzで、18世紀から19世紀にかけては
現在よりも低いピッチであることはご存じの方も多いと思います。ところが、それ以前の
中世・ルネサンス時代はどうだったかというと、現在の440Hzより高いピッチだったのです。
14世紀に建造されたオルガンではA=500Hzを超えるシロモノまであるそうです。

# ピッチに関しては時代だけではなく地域差もあり、バロック時代ではA=415Hzとされて
# いますが、これはその時代の資料として415Hzの音叉が一番多く見付かったからという
# だけの曖昧な理由なのだそうです。

さて…この仮説でご登場頂くのは、サックバット(トロンボーンの前身)です。

ナチュラルトランペットは音階的な倍音列を得る為に長管でした。ところが、サックバット
の場合、スライドにより倍音列の間の音を満たすことが出来た為、長管である必要が無く、
同じ音域を演奏するのに半分の管長で良かったのです。

故に、信号や合図を目的としたものではなく「楽曲を演奏する為の金管楽器」として、唯一
その時代に短管だったのはサックバットだと言うことが出来ます。
(リップリードの楽器でもツィンクは機構上は木管楽器で、金管楽器とは呼べません。)

サックバットは楽器としての設計や構造も16世紀初頭には既に確立していたと考えられます。

# 「15世紀終わりには半音階が奏し得るようになった」という記述を
# 何かで読んだことがありますので…。

そして、その頃の管楽器のほとんどがC管やG管、A管、そしてD管といった、「非フラット系」
の調性を持った楽器が多いのですが、それらは当時のピッチであるA=460Hz以上の高いピッチ
で設計されていたのです。(つまり、ほぼ半音高いピッチです。)

当時の管楽器ではスタンダードだった、A管とD管という調性を持ったサックバットは、その後、
演奏ピッチが変化しても、楽器の構造による対応の柔軟さと、技巧的なパッセージを要求され
なかったが故に管長を変化させたり廃れたりすることがなかったのではないか、と想像します。
つまり、設計時はA=460Hz以上でA管とD管だったのが、その後に、低いピッチに変化した際に
設計の変更をせずに、B管とEs管として使われ続けたのではないかということです。

その後、サックバットは17世紀までは教会音楽のみならず世俗音楽でも広く用いられていた
ということから、これに調性を合わせた他の管楽器が世に出回るのも不思議なことではない
と思われます。

その中でも、ハセスさんが記事(#22258)で書かれていらっしゃる通り、B管は音色や音程と
いった面で非常にバランスが良かったのではないでしょうか?

# 以上、あくまでも私の想像です。識者のご意見を求めます。…(^_^;)


> あと吹奏楽曲の作曲にあったって、注意点やコツ(?)などあったら教えて下さい!!

吹奏楽に限らず、それぞれの楽器を理解して特性を活かしてあげることではないでしょうか。

あるパッセージがその楽器にとって難しいものだとしても、他の楽器では簡単だったりする
ことは往々にしてありますし、単なる一つの音でも楽器によって効果が異なりますから…。

楽譜上に音を載せてゆく時に、その楽器の音をイメージすることは勿論ですが、その楽器に
とってそのパッセージの演奏が可能なのかどうか、そして、その楽器の特性を活かしている
かどうかを考えるのは重要なことだと思います。

# あまりにも無理をさせると演奏者に嫌われてしまい、演奏されない曲になります…(^_^;)

もちろん、それ以前に和声学や対位法の知識、楽式(ソナタ形式など音楽の形式)の理解、
実際に合奏として成立させる為のインストルメンテーション(オーケストレーション)に
ついての知識も、ある程度は持っておいた方が役に立つと思います。

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やちまう
ymch@din.or.jp
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